私も、このステイ中に2度もお父さんのボートに乗せてもらいました
私も、このステイ中に2度もお父さんのボートに乗せてもらいました。私は山梨の出身なので、日本でもあまり海を見る機会はありませんでしたので大感激です。
でもエビ捕りの手伝いはせずに、いつも食べる係でした。スーザン先生の家は平屋で、部屋もたくさんありました。部屋だけでなくシャワー・ルームもたくさんありました。
そのうちの1つを私専用のシャワー・ルームとして使っていいと言われました。ですからいつでも自分の好きなときにシャワーを自由に使うことができました。
でも、スーザン先生のお宅ではシャワーがお風呂の中についています
これは日本ではもちろんお風呂は家に1つです。専用のシャワールームなんて夢にも思いませんでした。私は日本同様、シャワーは浴槽の外にあるものだとばかり思っていました。
でも、スーザン先生のお宅ではシャワーがお風呂の中についています。ですから、このシャワーどうやって使うのだろうとしばらく考えてしまいました。家族でレストランに食事行ったときのことです。
何でも好きなものを注文しなさいとメニューを渡されるので困りました。メニューの英語が読めず、いくつか知っている単語があってもどんな料理なのかが分かりません。
メニューのあまり値段の高くないものを適当に指差し"Thisone!"と言えるようになるのでさえ数週間かかりました。注文したメニューが、私の大嫌いなアボカド入りのサンドイッチだったりしてがっかりしたこともありました。
そんな感じでたいして英語も分からないまま、高校に入学するためにスーザン先生のお宅に別れを告げました。ペンシルバニアにあるジョージ・スクールというところで高校3年間を過ごす予定です。
当日は、高校の先生が飛行場まで迎えに来てくれることになっていました
少しアメリカで慣れたことといえば国内線の「ヘリ行機」です。飛行場で、だいたいどのあたりから自分の荷物が出てくるかぐらいは分かるようになっていました。
当日は、高校の先生が飛行場まで迎えに来てくれることになっていました。飛行場で迷子になる心配がないので安心していました。ロビーへ出ると上品な黒人の男性が私を出迎えてくれました。
あなたの力が認められ、もっと長い記事もまかされるようになるかもしれません
日頃から新聞や本を読む習慣を持ち、活字が好きな方が適しています
例えば医療において新しい治療法や薬が売り出されたとします
キャリア10年以上のベテランも採用試験で、不合格になりました
自分も英文記者になりたいという気持ちが更に強くなりました
片っ端から英語で履歴書を書き、送付してみます
スーザン先生というやさしいアメリカ人女性でした
オヘア空港に着いたものの、どこに行けば国内線に乗り換えられるのか分かりませんでした
私も、このステイ中に2度もお父さんのボートに乗せてもらいました
とても穏やかで、落ち着いた印象の方でほっとしました
さて数週間後にはいよいよアメリカ人の学生もキャンパスに到着しました
レッスンは、休日の土曜日に朝から1日中です
その先生は、1人で500人もいる生徒全員の授業の選択をサポートしています
私も必死で何行かの文章を書き、提出していました
1月から3月にかけては、男子は水泳、レスリング、バスケットボールになります
留学生だけでなく、アメリカ人の生徒にも、平等に当番が回ってきます
英語が上手に話せない私にとって電話ほど困ったものはありません
私の場合は、ホストファミリーに恵まれましたが、友人の話を聞いてみると良いホストファミリーばかりではないようです
家族や友だちの誕生日に、洋服を買いにいったり映画を見に行くのにもモールへ繰り出します
そして単なる勉強の教科としての英語が、サバイバル・スキルに変わるとき、心の中に大きな変化が芽生えるのではと思います
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