今では話せるようになりました
今では話せるようになりました。留学生は中国からの方が多いので、言葉の面では安心感しているようです。今後はコンピューターを教える際に日本語そのものも教えようかと思っています。
大学で留学生の応援団長のような存在でいたいと思っています。私は今までに、ロンドンとデュッセルドルフで暮らす機会に恵まれてきました。海外では、言葉がわからなければ生活に関する情報も入手できません。
そこで、現地では語学学校に通い、それぞれ英語とドイツ語を学んでいました。学校では言語だけではなく、文化・生活習慣に関する知識など、得るものが多かったです。
日本語教育の専門的な知識が必要と感じ、受講することにしました
帰国後は、自分の海外経験を役に立てられればと思い、小学校の外国人クラスを手伝い始めました。しかし、自分が知っている国語と外国人に教える日本語は似て非なるものでした。
日本語教育の専門的な知識が必要と感じ、受講することにしました。現在は、ポルトガル語を学習中です。自分が教えているブラジル人児童の母国語の知識を、日本語教育にも役立てていきたいと思っています。
子どもの頃、父親の仕事の関係でシアトルに住んだことがありました。また、学生時代にもサンフランシスコに留学したりしていたので、いつか再び海外に出て働きたいという希望を持っていました。
結婚して子どもがいる今も、その気持ちは変わっていません。どこの国へ行っても収入が得られる職業は何かと考えたときに、日本語教師に辿り着きました。
そして、自分のペースで学習が進められるNAFLを受講しました。まずはテキストを通して読み、これは重要だと思った用語には赤丸をつけます。そして、自分なりに図を描き、解説を加えたノートを作りました。
それから、子どもが学校に行っている昼間に、なんとか時間を捻出しました
特に日本語の音声はスクーリングのときに教わった表を元に、自分ですべての音についてまとめました。これはとても効果がありました。勉強は、朝4時に起き、家族が起きるまでの時間を利用しました。
それから、子どもが学校に行っている昼間に、なんとか時間を捻出しました。修了証が届いたときは、苦しみながらもやり遂げられたんだという達成感で一杯でした。
講座展開にも工夫が凝らされているため、終始意欲的に取り組むことができました
10年前、出産と子育てで一時は日本語教師への夢を中断しました
外国語で自分の思いを表現できることが、こんなにも幸せだということを知りました
試験に合格していなくても、ボランティアはできると聞きました
その際、適切な日本語のビジネス文書を教えることはできました
そして、日曜日を勉強の時間に充てました
そして、日本語教師という職業を知りました
先生と生徒というよりは同じ世代の友人として日本語を教えながら、さまざまなことを教えてもらっています
すると、「資格がない場合、団体主催の講習会に一年間通わないと活動できない」と言われました
今では話せるようになりました
NAFLでは多くのことを学びました
そこで、分野別参考書「よくわかる」シリーズを購入してみたら、これが良かったようです
テキストの文法項目や構文をノートにとったり、応用のきくフレーズはカードに書いたりして学習しました
テキストで覚えたばかりの言葉が歌やドラマの中で使われていると、とても嬉しかったです
先日韓国へ遊びに行った際には、少しだけですが韓国語でコミュニケーションをとることができました
でも、やれることからやろうと、自分なりの工夫はしてみました
たくさんの人とコミュニケーションを取ることを大切にしています
昇給や昇進、転職など、人生の転機を控えた生徒さんがたくさんいます
日経ウーマンでこちらのことを知ったのですが、本当に評判通りでした
現在、PRの仕事に就いていますが、ここで学んだことを日常のビジネスに活かしていきたいです
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