歩みを止めるということは、見た目が枯れ木だからといって、樹木をばっさり切り倒すようなものです

歩みを止めるということは、見た目が枯れ木だからといって、樹木をばっさり切り倒すようなものです。やめてしまえば、目に見えない部分の成長も止めてしまうことになります。

そうして、実力が実を結ぶこともなくなるのです。実力というのは本当に、一気に花咲くものです。できるようになる時は、すぐにできるようになります。まさに、ウソのようにできるようになるのです。

問題は、そこまで耐えられるかどうかです。花咲くまで耐えること、待つことが勉強の真理なのです。そのおじさんは、決して頭が悪いわけではありません。


能力があるが故に頼りにされて、忙しくなってしまうのです

仕事はバリバリしていました。彼は現場で叩き上げられた人だったので、現場で生きるというようなオーラがでていました。いわゆる昔気質おじさんです。そのため、そのおじさんには難局ばかりが回されていました。

能力があるが故に頼りにされて、忙しくなってしまうのです。何かトラブルがあったり繁忙期であれば、そのおじさんに任せたらなんとかなるだろう、と思われるおじさんでした。

でも、仕事上の能力があるだけではだめなのです。仕事そのものとは違うものが求められるのが、「資格試験」という密室の現場の論理なのです。がんばっている人を見たら応援したくなるのが情です。

ディレクトリ型学習の多くはそのおじさんに伝えたことがメインとなっています。自分の勉強の方法やコツを、余す所なく伝えました。しかしながらそのおじさんは、私の話に耳を傾けてはくれるのですが、なんだかさびしそうな顔をしていました。

私の好意はわかっているのだが、いかんせんどうにもならない、という感じの顔付きでした。最近になって、なんでそのおじさんが、そのようなさびしい顔をしていたのかわかりました。


いかに記憶するかで決まると思っていたのです

「年齢」による記憶力の低下というものは、想像以上に大きいものだと、薄ぼんやりとわかってきたからです。はずかしながら当時は、資格試験のメイン作業は、とても簡単なことだと思っていました。

いかに記憶するかで決まると思っていたのです。その記憶行為は何度も問題集を繰り返すことで身に付きます。それで大体受かるものだと思っていたのです。

勉強にも、いい姿勢と悪い姿勢、疲れる姿勢と疲れない姿勢があります

そんなパターンの人は、常に燃えっぱなしなのす

丹念にこつこつまじめさが求められる復習主体の勉強なら、実力はスムーズについていくことでしょう

運がよければ、平均以上の点数も取れてしまいます

ノートに全体像を書きだしてみる

歩みを止めるということは、見た目が枯れ木だからといって、樹木をばっさり切り倒すようなものです

今でもそれは、正しいと思っています

たとえテキストを1ページしかやらなかったとしても、です

本屋に行くとたくさん簿記の解説書があります

計算機の真実、本当の凄さを知ったのです

しかし逆に、極端にいえば、慣れたら誰でもわかるのです

極論をいうと、法律系資格の学習で感じるイマイチ感は、法で問われる用語理解が不十分だからです

資格試験に使うテキストや問題集の多くは、実のところ、読み手を想定して書かれたものではありません

細切れ時間の活用は、いわば準備に使っているようなものです

なるべくストレスをかけないように勉強できる環境にしましょう

例えば、コンビニ、焼き鳥屋、アイスクリーム屋のフランチャイズを買う時に、どのようなこと考えるでしょう

資格の勉強に苦しめば苦しむほど、その資格への思いは希望から、執念へ変わっていくでしょう

資格試験では、間違えた問題は必ず復習しようと主張されています

それだけの時間しかとらないようにしているのです

何回も同じ事をしないと記憶できない人間となのです

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