しかも、バスは1時間に1本しか来ません

しかも、バスは1時間に1本しか来ません。なかなか思うように動けないのです。でも幸い、家がバス停の近くでした。ホストマザーもいい人で本当に良かったです。

先生はみんな個性的でおもしろい人が多いです。日本の先生のイメージとはまったく違います。服装も自由で、私の先生は鼻ピアスをしていました。休み時間になるとスタッフが見回りにきます。

これは、母国語を話している生徒がいないか、チェックをするためです。日本人はまじめで、みんな英語だけを話していました。でも、他の国の人は結構母国語で話していました。


ネイティブに交じって会話するというのは、あまりできませんでした

留学生の国籍は、ブラジル、メキシコ、スイス、台湾、韓国、日本などです。そして、そのうちの80%が韓国人と日本人でした。そのため、友人も必然的に韓国人が多くなります。

ネイティブに交じって会話するというのは、あまりできませんでした。それより、韓国人と英語で会話する機会の方が多いのが現実でした。会話力がつくかどうかは、「その中でどれだけ頑張れるか」で決まります。

留学でまず思い出すのは、なんといっても友達の親切さ、あたたかさです。最初の頃、私はホストファミリーとあまりうまくいっていませんでした。そんな中、友達の存在は本当に大きかったです。

私は主に韓国人の友達と一緒にいました。そのグループの中で日本人は私ひとりでした。私には最後までそれが気がかりでした。なんとなく引け目を感じており、「日本人なのに仲良くしてくれてありがとう」と常いつも言っていました。

しかし、韓国人のみんなには国籍など関係なかったようです。「私たちは友達でしょ?」と言ってくれていました。もし逆の立場だったとしたら、私は彼女たちと同じように対応できたでしょうか。


1番ショックだったのは、ホームステイ先のホストシスターとの初期のいさかいでした

正直できるかどうか、自信がありません。だから彼女たちには本当に感謝しています。私はこれがきっかけで韓国に興味を持つようになりました。世間より一足遅い感じですが、今私の中には「韓流ブーム」が吹き荒れています。

1番ショックだったのは、ホームステイ先のホストシスターとの初期のいさかいでした。現地に着いて2日目のことです。私は5歳のホストシスターと一緒に、私が日本から持っていった折り紙をやっていました。

広く浅くが、大怪我しないためのコツです

でも、あれば意識して注意するので、お互いわだかまりなく過ごすことができると思いました

今回のオーストラリア留学で一番印象的だったのは、ステイ先で和食を出してくれたことです

その姿がとても印象的でした

本当に2ヵ月半があっと言う間でした

その後、映画「SAYURI」を観ることになり、すぐ近くの映画館へ行きました

しかも、バスは1時間に1本しか来ません

ひととおり作り終えてしまい、もうネタが尽きてしまったのですが、彼女は「他には何ができる?」「他には?他には?」と、しきりに聞いてきます

田舎なので遊ぶところもそうないため、人間関係が必然的に濃くなってしまうんです

日本では、バス停で待っているとバスはほぼ時間通りに来ます

でも、海外で生活することによって、視野が広くなれた気がします

留学の一番の思い出は、日本にいたら出会うことのできないような友達に出会えたことです

日本人に取って馴染みの少ない国のひとつであるマルタも英語留学の盛んな国の一つです

クリスマスが終わり街へとでかけました

アメリカの医療費はとても高額なことで有名です

訴訟大国であるアメリカでは医療過誤の危機と防衛医療といったことが問題となっており、医療費の高騰が深刻になっているそうです

高い医療損害保険料が医療費に大きな影響を与えているそうです

注射の麻酔を打つ前にゼリー状の麻酔を歯茎に塗り、歯茎を麻痺させてから注射を打ち、痛みのないようにしてくれます

仕方なしに4万円払い、保険会社に連絡をとってなんとか2万円へらしてもらったこともあります

産前、出産、産後をアメリカの病院ですごしました

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